こんにちは、#ひろとし課長#です。
長年、事業再生セクションで従事してきた経験を、このようにブログにて紹介しています。
今回も「債権放棄」をテーマに述べていきたいと思います。
特に、債権放棄をするときの金融機関の中身、
「行内手続き」を中心に、お話しします。
長年メイン先として計画の策定による、リスケ支援を行ってきたA社が、
自力再生を断念し、スポンサー支援、カットスキームに切り替える、
こんな想定です。
銀行の中では・・・
金融機関にもよるでしょうが、
営業店から、取引先企業の「債権放棄」なんて大それた方針が
営業店から、いきなり本部に申請されることなど、普通ありえません。
金融機関の決裁ラインというのは、
通常は、営業店→本部(審査セクション)
案件の内容や貸出の規模によって、
本部→経営陣(常務、専務、頭取)
というように、順番に稟議書を回覧していきます。
しかし、事業再生の場合は、営業店の負荷が大きいため、
あらかじめ、私がいたような本部の再生セクションが、どっぷりと関与していることが多いです。
「これはもう無理だ」「債権放棄による支援に切り替える」
という最初の案は、営業店と本部が一緒に検討します(特に本部で)。
そして営業店が方針を稟議書もしくは回議書という形式で、
営業店・本部→経営陣という決裁ラインにそって申請するのですが、
その前段階で、本部である再生セクションでは、経営陣には、あらかじめ報告をしておきます。
なぜならば債権放棄は、金融機関の決算に影響を与えるだけでなく、
下手をすると新聞紙上をにぎわし、風評が飛び交うことが予想されるからです。
しかも、地方の金融機関では、数多いできごとでもない(いまだに)ので、
金融機関のなかでも、どう判断していいか、専門的に判断のできる人材はホントにマレですので。
・A社をスポンサー型の再生計画に同意することにします、当行のロス額は〇〇億円となりますが、すでに引当金は計上しているので、当行の今期決算には影響は与えません。
・このまま資金繰り破綻してしまうと、非保全部分は全額回収不能となりますが、スポンサー型支援に移行したほうが、わずかですが回収額が増えます。
・このまま倒産してしまうと、当行にも風評リスクもあるでしょうし、雇用や地域経済にも影響が出ることから、スポンサー型による再生を図る方が、経済合理性の面、メイン行として責任面からも妥当だと思われます。
こんな感じで、経営陣には説明して回るのです。
先に言っておかないと、上に行けばいくほど、
その場で役員会等で反対意見など出されてしまったら、大変なことになってしまうので。
ここで、経営陣に
「やむをえない」
と一言了解をいただいて、実際の事務手続きに移っていくのです。
債務者区分の引き下げ
通常、計画策定により支援している先の債務者区分は、
「要注意先」にとどめています(ことが多いです)。
PLは赤字、BSは大幅債務超過ながらも、
計画を策定していることによって、かろうじて「要注意先」を維持している。
「合理的かつ実現可能性の高い計画」(いわば合実計画)策定先については、
金融庁の監督指針において、「要注意先」で可とされています。
しかし自行の方針が、スポンサー支援に切り替える(=債権放棄)となると、
いままでの計画の実現可能性がなくなってしまったということになるので、
債務者区分をランクダウンする必要が生じます。
通常は、合実計画頓挫=即「破綻懸念先」となります。
「破綻懸念先」となりますと、金融機関は非保全部分は全額引当金を計上しなくてはならず、
ランクダウンにより、この時点で金融機関のロス額が確定するのです。
つまり、「破綻懸念先」にした瞬間(正式にはその決算期末)に、損切をすることとなります。
前にも述べたと思いますが、「債権放棄」をすることではじめて回収不能となるのではありません。
債務者区分を「要注意先」→「破綻懸念先」となることで、
金融機関の決算上の回収不能額が確定します。
ですから債権放棄をする場合、今期決算より前に「破綻懸念先」として
引当金を積んでおきさえすれば、金融機関の決算書上は、なんら痛みは伴わないのです。
銀行が債権放棄の意思決定をする場合、債務者区分と引当金、これが重要となるのです。
会議体
債権放棄は、通常の判断(与信)ではありません。
引当金は計上していても、融資金を免除することなので、それなりのめんどくさい手続きが必要です。
これも金融機関にとってまちまちなのですが、
役員会、取締役会、さすがに株主総会まではありませんが、
さまざまな会議体で順に決裁されていきます。
前にも述べましたが、いちおう会議の前には、役員には説明しておきますので、
会議の場で初めて、という方はおりませんが、
なぜA社を特別扱いするのか。
そんなこと世間に許されると思っているのか。
など言い出す方は本当にいます。
特に取締役会では、社外取締役のガバナンスが世間的にも注目されていますので、
特に取締役会での社外取締役の発言には注意します。
会議では、
- A社が窮境に至った原因
- 当行が支援してきた経緯
- 債権カット型支援のスキーム
- 法的破綻時との経済合理性比較
- 当行決算への影響
さらに
債権放棄をするには、金融機関は経済合理性(法的破綻<私的整理)という数式だけでなく、
大義名分が大事という話を以前にしましたが、
A社を債権放棄してまで支援する、大義名分をセツセツと述べていきます。
これら会議体を通過したのち、はじめて「債権放棄」が実現するのです。
マスコミ対応
次に、マスコミ対応について話をします。
法的整理と違って、私的整理による債権放棄は公にされません。
債権放棄の対象は金融機関だけですので、A社の取引先から情報が洩れることは通常ありません。
ですので、マスコミからとやかく言われることはないのですが、
帝国データバンクなどの興信所が探ってみたり、
第二会社スキーム※の場合、
「第二会社方式」とは、過剰債務を抱えて経営難に陥っている会社から採算性の良い事業だけを会社分割や事業譲渡によって別会社(第二会社)へ分離することで優良事業の存続を図り、不採算事業・過剰債務とともに残された旧会社を清算などしてしまう事業再生手法です。
中小機構HP
旧会社を特別清算をしたとき、公の発見することになるのです。
なお、旧会社を特別清算するなどは、金融機関が債権放棄してから、
ある程度時間を経過したのちであり、
しかも旧会社は社名や本店所在を変更したのちに特別清算するので、
よっぽど、有名・老舗企業等でなければわからないこともあります。
金融機関でも、取引がなければ、
そういえばあの会社は知らないうちに株主が変わっていた、
他の金融機関が債権放棄していたなんでことは、よくあることです。
つまり、金融機関が債権放棄をしたことは、一般にはわかりません。
しかし、A社が金融機関にとって、大口債権者の場合、
債務者区分のランクダウンによって、相当の引当金積み上げが必要の場合、
金融機関が東京証券取引所に開示しなければなりませんので、
金融機関自らが公開しなければならないことがあります。
ただし、この場合でもA社だという企業名は出す必要がありませんので、
「引当金の増加について、具体的な企業はどこですか?」
と質問されても、
「顧客情報ですのでお答えできません。」としておけばいいのです。
しかし、役員さんたちは、マスコミの慣れをしていないので、
想定問答集などを作っておけ、という指示が必ず来ます。
あくまで、「答えられません」としておけばいいのに。
株主総会
最後に、株主総会についてお話をして、締めくくりたいと思います。
先ほども述べましたが、私的整理で行う場合は公とすることはありませんので、
当事者以外、金融機関とA社、それと支援協などの関係者以外は、
情報を得るはずがありません。
しかし、地方は狭いところです。
A社の役員や従業員が他に話をしたり、
A社の代表者が相談ということで、第3者に意見を求めた結果、情報が漏洩することがあります。
というか、情報は出回っていると考えた方がいいでしょう。
それをマスコミがかぎつける、はたまた、当行の株主総会で質問される。
こういうケースが実際あるのです。
マスコミの場合は、取材は受けられない、と言って面会を拒否することができますが、
株主総会はそうはいきません。
株主は質問する権利があります。
質問されても、回答については、
「顧客情報はお答えできません。」としておけばよいのですが、
その回答の言い方が、あまりにも一方的すぎると、株主の心象を悪くする、とか、
言い方によって、事実を認めることになる、とか
あれやこれやと、無駄な想定問答集を準備しなければなりません。
そんなこと、役員なんだから、その場その場で乗り切れよ、
と言いたくなるのですが、現実はそんなことが行われています。
最後に
コロナ資金の返済開始の本格化を来年に迎え、
中小企業の再生のために、「過剰債務のカット」を積極的に、
という議論が再燃しているようです。
これまで述べてきましたように、引当金を積んでいる場合、
いまの金融機関の企業体力を考えると、かつてほどの影響はそれほどないように思われます。
しかし、銀行に企業体力があるから「債権放棄」に応じるべきだ、というのはおかしい。
私たち銀行員は、若い時に「融資金を回収して初めて融資実務が完結する」と教育を受けてきた、
借りた金を返す、これは道理というもの。簡単な話ではないと思うのです。
貸した金融機関も悪い、それはそうです。
しかし、あの時融資しなければ、間違いなく資金繰りに行き詰っている、
どれが正解なのか?
そんなジレンマをいつもいつも思いながら、
私は、「債権放棄」という事務処理を行うのです。
コメント