こんにちは、#ひろとし課長#です。某地方銀行で営業店管理職をやってます、現職です。私は長年、事業再生のセクションに従事し、1年ほど前まで責任者をやっておりました。これらの経験を、2022年より、「事業再生」をテーマにブログにて紹介しています。
今年の初執筆ということになります。コロナ禍がようやく落ち着き、今年は株価も上昇して景気回復を期待ししていた矢先に大きな災害が発生いたしました。被災された方々にはくれぐれもお悔やみ申し上げます。
また和倉温泉などの観光施設の映像がたびたび報道されますが、建物の被害も深刻な様子。復興させるには相当な日数が・・・と言葉になりません。地元金融機関のみなさまは、自分の身の回りですら大変にもかかわらず、お取引先の経営状況等を気にされていると思います。復興の際には、必ず地元金融機関の力が必要です。ぜひ、がんばっていただきたいと思います。私に何かできることがあれば、微力ではありますが、お手伝いさせていただきます。
さて、本日のテーマは「差押」、からの「不渡り」という年始から縁起のよろしくない話を述べていきたいと思います。
建設会社Nの話
某建設会社Nとしましょう。今後の資金繰りに不安があるというので融資の相談に窓口に来ていました。相手は高齢の会長さんと経理担当者、といっても会長の息子の嫁。なぜか社長は相談に来ていません。
N社の債務者区分は「要注意先」で、プロパー融資と保証協会付き融資があります。当然コロナ資金も利用し、これまで延滞などの事象はないため、私もそんなに印象のある企業ではありませんでした。
課長、すみません。
担当者が私の席にきて、N社の近況について報告しました。
N社の会長も、社長も資金繰りや自社の経営状況のことは全く理解していません。しいて言えば経理の義娘さんだけがしっかりしています。今月末はなんとか乗り切りそうですが、来月末には支払手形が決済できずに不渡りとなってしまいます。
N社は企業といいながら、会長と息子数人、その嫁など、ほとんどが身内で経営している零細企業。この規模ならば信用組合さんとかと取引するのが通常なのに(失礼な言い方ですが)、数十年前に、当行取引先の社長から、「ぜひ面倒をみてやってほしい」とお願いされて、今日まで長く融資取引をしているようでした。
かつては経営難もあったようですが、最近では若干ですが利益計上もしており、今回の相談も保証協会付きでの資金対応であれば、そんなに難しくないのではと思っていました。
経営者に全く危機意識がなく、このままでは事業継続はできなくないでしょう。
資金ショートの要因は資材高騰により仕入コストが上昇し、足元赤字に陥っているようです。
これまで取引先に対して値上げ交渉も全く行っていない様子です。
担当者は融資対応は検討してもいいが、経営者にしっかりと危機意識をもって取り組ませるべきだと主張。まあ確かに担当の言っていることはごもっとも。
そうはいっても倒産させるわけにはいかないので、対応する方向で検討してほしい。保証協会付き融資で話を進めて。それから次回は必ず社長が来るように言っておいて。
この時までは特に融資謝絶するまでの事由もなく、対応する方向で検討していました。が、それから数日後、なんとN社の社長個人の普通預金口座に「差押通知書」が送達されてきたのでした。
差押通知
課長、N社の社長の普通預金口座に差押が来ました。
差押・・・。
実際、営業店の現場では差押通知書が送達されることは、よく?あることです。税金関係が多いでしょうか?税務署や市の職員が窓口に、預金調査のために来店するなんてことはよくあります(財産を確認のため)。差押通知書を受領した場合(預金調査の段階においても)、銀行として事実を確認する必要があるので、本人に確認を取ります(本当はいけないらしい)。勘違いや、うっかりなんてこともあり、税務署と話し合って解除してもらいます、なんてことは結構あるのです。
が、今回のケースは?
相手先はカード会社でした。どうやら社長が個人で使用している消費者ローンが長期延滞し、当行の普通預金口座宛に差押をかけてきたのです。私は社長が会社では資金調達ができないため、個人で借入をし、会社に貸付でもしたのかなあ、とその時は思っておりました。差押が来た時点で社長の普通預金口座の残高は、わずか数千円しかありませんでした。
社長に会って事実確認するしかない。それから何に使用したのかもヒアリングするように。
担当者に事実確認のため面談を指示しましたが、私はこの時はまだ、「なんかやっかいなことになりそうだ」くらいに構えていたのですが、重要なことを見過ごしておりました。
課長、これって当然喪失ですよね。
えっ?
そうか、完全にうっかりしておりました。社長はN社の連帯保証人であります。連帯保証人に対する預金口座の差押は、銀行取引約定書上の※「期限の利益の当然喪失」事由になるのでした。
銀行取引約定書上の「期限の利益の喪失」
第5条(期限の利益の喪失)
① 甲について次の各号の事由が1つでも生じた場合には、乙からの通知催告等がなくても、甲は乙に対するいっさいの債務について当然期限の利益を失い、直ちに債務を弁済するものとします。
1.支払の停止または破産手続開始、民事再生手続開始、会社更生手続開始もしくは特別清算開始の申立があったとき。
2.手形交換所または電子債権記録機関の取引停止処分を受けたとき。
3.甲または甲の保証人の預金その他の乙に対する債権について仮差押え、保全差押えまたは差押えの命令、通知が発送されたとき。
4.甲の責めに帰すべき事由によって、甲の所在が乙にとって不明になったとき。
(解説)
「期限の利益」とは、期限が来る前に債務の履行を請求されないという債務者の利益です。すなわち、債務の履行について期限を定めた場合、履行をしなければならない債務者の視点から見ると、「定められた期限が来るまでは債務を履行しなくてよい。」という利益があることになるため、「期限の利益」と呼ばれています。
「期限の利益喪失条項」とは、一定の事由が生じた場合に、債務者がこの「期限の利益」を失い、直ちに債務の履行をしなくてはならないとの定めを言います。
また、期限の利益喪失の方式としては、
一定の喪失事由が生じた場合には、当然に期限の利益を喪失するという方式(当然喪失)
一定の喪失事由の発生に加えて、債権者からの請求があってはじめて期限の利益を喪失する方式(請求喪失)
という2つがあります。※上記5条の①は当然喪失事由です・
支払停止の設定
昨晩社長と面談できました。カードローンの延滞は事実だそうです。資金使途は会社に貸付けた訳でもなく、消費資金ということでした。
社長の借入金は数十万円。それが延滞長期化、再三督促があったにもかかわらず、無視していたため、業を煮やしたカード会社は差押に踏み切ったのでした。社長の口座にはたった数千円しか残高はないのに。しかも会社のためではなく自分で使用したって、ギャンブルか遊興費、ろくな使い方ではない。
社長に期限の利益喪失のことを伝えたのですが、あまり悪びれることもなく、もうおわりかな。なんて言っていました。
どういう神経した奴なのか?自分が蒔いた種で、会社の期限の利益喪失、下手したら倒産するかもっていう事態になっているのに。私は担当に社長を銀行に呼びつけるように言いました。
N社の口座には支払停止をかけておきました。
なに?
そうです。期限の利益を喪失した場合には、社長個人の口座のみならず、会社の預金口座も拘束しないといけません。預金は銀行にとって反対債権となります。銀行は債権保全上、期限の利益を喪失した場合、取引先企業の預金口座に通常は支払停止を設定します。
しかし、当座預金を拘束してしまったら、月末の支払手形が落ちなくて、不渡りになってしまう。
先月相談に来た時の資金繰り予定では、月末の支払手形はなんとか自己資金で回ります、ということだでした。つまり月末には支払手形が回ってくる。現時点で支払手形を落とすだけの預金残高はあるのですが、口座に支払停止をかければ、引き落としができなくなるため不渡り確実だ。
ちょっ、ちょっと待て。支払停止は社長との話を聞いてからにしなさい。預金口座を拘束して必要な支払い(給与とか、材料費とか)ができずに、もし風評なんか広がったら・・・。なんとか差押解除できるかもしれない。
この判断は我ながら微妙だな。本来は支払停止することが、よき銀行員というか当たり前の判断なのだと思います。ただ私は、口座に預金残高があるにもかかわらず、銀行が預金を拘束したことによって不渡りや、倒産を招いた、なんて事態にはしたくない、と思ったのです。差押の解除さえできれば、期限の利益をあたえることだってできるはずだ、そういう淡い期待で社長の来店するのを待ったのでした。
なんかあったら、オレが責任とるから。
社長と面談
社長と会長(社長の実父)が来ました。
こ、こいつか・・・・。
会長は80歳近く、社長は40代くらい、作業着で来行しました。
社長、たいへんな事態なんですよ。どうしてこんな事態になるまでカード会社をほっといたんですか?
・・・・・・
いくら残高があるんですか?その他にも借金があるのですか?
・・・50万円くらいです。その他にも少し。
社長は無口なのか?それとも私が話している内容が理解できないのか、かたことしか答えません。
いずれにしても、差押解除にならないかぎり、社長がN社の連帯保証人であるため、銀行としてはN社ともお取引はできなくなります。預金口座は支払停止となり、融資金も一括返済を請求しなければなりません。そうならないために、カードローンを一括返済して、カード会社に差押解除をお願いしてください。
はあ。
社長ね、このままだと会社は倒産ですよ。月末不渡りになりますよ。それでいいんですか。
こんな形で終わらせていいんですか?どんなことがあってもお金を工面して、差押を解除するように努力するしかないでしょ。
社長はすみませんでした、の一言のみでした。会長は「採算の悪い仕事が多くて」、とか、「自分は年金で生活していて会社からは給与はもらっていない」、とか、事態が改善するような話はなにひとつありませんでした。
とにかく、期限の利益は喪失してしまっているので、預金は支払停止いたします。なんとか月末までに差押解除しない限り、月末回ってくる手形は不渡りとなってしまいます。そうならないようになんとか手を打ってください。
とにかく急いで。
残念ながら、この経営者ではN社が今後再起する見込みはない、と判断せざる得ませんでしたので、とりあえず預金の支払停止を行い、様子見しかありません。
N社がなにか手を打つといっても、カードローンを一括返済できても、差押解除には時間も要するでしょうし、なにしろ不渡りを回避するためには、手形の組戻(手形で支払った相手先に、手形の呈示を回避するようお願いすること、ジャンプといいます)をお願いするしかありません。これらを会長、社長に伝えたのですが、反応はあまり、という感じでした。
採算が悪い仕事が多くて・・・・
その後
結局、月末にN社は1回目の不渡りを起こしました。
社長は知人からなんとかお金をかき集め、カードローンは一括で返済できたようです(こんなことになる前にやっておけばよかったのに)。しかし、差押の解除には時間を要するため、一括返済したかといって解除することはできませんでした。
私はそうは言っても、完済の事実をもって、「期限の利益復活」ができないか(一度喪失させた期限の利益は、復活という手続きがあるのですが、当たり前ですが簡単ではありません)、本部や信用保証協会等、また当行の弁護士らとも協議をしました。結論は、仮に今回不渡りを逃れても、資金繰りがつながらない以上(追加融資もできるはずがないので)、翌月には不渡することが確実という状況下、期限雄利益を復活させたところで、結果は同じ。支払停止の解除、預金開放は不可、という判断となりました。
私は再度、会長と社長を呼び、その旨を伝えました。
あ、わかりました。
社長も会長も、困った様子だったのですが、怒るわけでもなく、嘆くわけでもなく、ただ沈黙した後、ひきあげていきました。
これまでの銀行員人生、営業店現場、本部の再生支援の現場において、何度も倒産は目のあたりにしてきましたが、今回のような事象はみたこともありません。社長の不始末によって窮地を招き(しかも個人消費のカードローン、数十万円)、さらになんら抵抗することも、すがることもなく、あっけなく企業が倒産に向かっていく。最後通告したときは、当然に「それはないだろ」「カードローンは全部返済したではないか」と詰め寄ってくることを想定していたのですが、それもなく、ただ「わかりました。」の一言だったのです。
私はなんともやるせない思いでした。こんな社長が代表である企業に融資取引していたのかという怒りと、反対に、こんな社長だったから、もっと親身に指導してあげれば、N社は救えたのではないか、という自分に対する憤り、もっとはやく私が話を聞いていれば・・・。これから会長、社長やその身内、N社の従業員はどうなるのだろうか?という心配。いったいどうすりゃよかったの?これらの思いが巡り、非常にモヤモヤとした感じで、夜も眠れませんでした。
まとめ
N社はこのブログ執筆段階では、まだ経営を継続しています。1回目の不渡りを出したのですが、それ以降はなんとかジャンプをお願いしているようです(1回目もそうすりゃいいのに)。ただいつまで継続できるか、払うべきお金を払わず延命しているだけなので・・・。
今回のポイントは、社長が「連帯保証人」である、ということ。昨今中小企業庁が、銀行に対し「経営者保証」の不要、解除を盛んに訴えております。中小企業の事業承継が進まないのは、先代が抱えている保証債務の負担を、後継者が引き継がなくてはならないから、だから経営者保証は原則不要にしろ~。とまあこういう理屈です。しかし銀行側からすると、保証人の徴求は「保全」という観点よりも、むしろ社長の「経営者責任」という観点(社長が覚悟をもって経営に取り組ませるということ)を重視しておりますので、簡単に解除に応じる訳にいかないのですが。
このケースでは、仮に社長が連帯保証人でさえなければ、期限の利益の当然喪失という事態はなかった、ということになります。まあ、社長がそんな体たらくなことでは、これ以上追加の融資とかはムリなので、最終的には行き詰るでしょうが、少なくとも今回のように、預金を拘束するまでには至らなかったのではないでしょうか。銀行取引約定書による連帯保証人の預金差押=期限の利益喪失、は個人的には厳しすぎるのでは、と思いますが。
差押をくらった社長の代わりに、誰か他の有力なものを代表者とし、連帯保証人とする、そうすれば期限の利益喪失という最悪な事態は免れたかもしれませんが、N社にとって、代わりに有力な人物もいません(会長も別の融資で保証人として徴求している)し、ましてや時間がなさすぎます。
もうひとつ、私がなぜ支払停止をためらったかというと、N社の資金繰りが続かないことは、残念ながらハッキリしていたので、いずれは不渡りとなるだろうという中で、銀行が支払停止をかけることによる不渡り=「銀行がつぶした」という風評を避けたかったからもあります。私の持論で、「引き金はメインがひくもの」、という考えを持っています。世間でいわれる「ゾンビ企業」、市場からの退場を勧告することもメインバンクの責務である。と常に思ってはいるのですが、今回のケースでは、わざわざ恨みを買う必要はない、という考えの方が強かったです。甘いですかね。
まとめ、といいながらまとまりませんでした。しかし、私としてはいまだにやりきれない話です。
コメント
拝読いたしました。
ひろとし課長の複雑な感情は想像に及ばず、軽々しく発言するのも憚られるところ。
私は常に、相手は自分の鏡だと思い仕事をしていますが、そもそも写りようがない鏡もあるんだなと改めて支援の厳しさを感じました。
更新ありがとうございました。体調も万全ではない様子でお体ご自愛ください。
ご意見ありがとうございました。この話はまだ続きがあり(終わったと思ったら、新たな展開がありました)、また近日中にアップしたいと考えてます。